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Author:natasho
国民健康保険 名田庄診療所
中村伸一


施設名称 :
国民健康保険名田庄診療所
開設年月 : 1955年7月
所在地 :
福井県大飯郡おおい町名田庄下6-1
管理者 : 所長 中村伸一
診療科目 :
内科、胃腸科、消化器科、アレルギー科、小児科、外科、整形外科、皮膚科
併設施設 :
「あっとほ~むいきいき館」内に、診療所のほか、歯科診療所、訪問・通所介護事業所、国保総合保健施設、住民のための多目的室、町役場の支所などを併設。



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 前回述べた通り、アエラの私に関する記事には事実上の明らかな誤りのほか、不適切な表現が多々ありました。表現については、こちらがいかに傷つこうとも、見解の相違と言われればそれでおしまいですので、ここで述べることは差し控えます。

 しかし、明らかな担当記者の誤認による事実関係の間違い部分も、特に訂正などの対応はしないでしょう。些細なことなのかもしれませんが、私としては関係者にご迷惑をかける可能性がある2点(+番外編)は、このブログで訂正をしておきたいと思います。

1)公的人事についての間違い
   50ページ中段 本文12行目から
  「卒業後、最初の研修先の福井県立病院から斡旋され、中村が名田庄診療所所長の
  職に就いたのは、その仕組みに従ったに過ぎない」

   ↓
  誤:「福井県立病院から斡旋され」 → 正:「福井県庁の人事で」

 昨年刊行の著書『自宅で大往生』(中公新書ラクレ)の108頁にも書きましたが、私の母校である自治医科大学の卒業生は、卒業後、出身都道府県(正確に言うなら、出身高校の所在する都道府県)の職員となり、卒後9年間は出身都道府県内の人事で地域医療に従事します。
 私の場合、福井県庁の職員として、県の人事で異動しました。最初に研修したのは、福井県立病院ですが、この病院も県からの派遣先のひとつです。その次に勤務した名田庄診療所も、県からの派遣先です。
 つまり、福井県立病院は名田庄診療所への斡旋を行った機関ではなく、そのような人材派遣は過去も現在も行っていません。

2)エピソード自体の誤認(これはひどい!)
   50ページ下段 後ろから6行目
  「まだ無名だったオフコースの前座を務めたこともあったという。」
   ↓
   そのような事実はまったくありません。
 
 オフコースは、私が小学生のときにすでにプロでした。実力はあっても長年ヒットに恵まれず、結成10年目の1979年に「さよなら」の大ヒットで一躍有名になったとき、私は高校2年生でした。時代が合いません。
 無名時代のオフコースの前座を務めたのは、私の10年以上先輩(自治医大1期生)のバンドです。この経緯は『寄りそ医』の197頁に書きました。
 記者の誤認と確認を取らなかったことによる間違いですが、オフコースやオフコースのファンの方々が不愉快な思いをなさらないことを願っています。
 実は、このような誤認を予防する意味もあって、『寄りそ医』を記者に読んでもらおうと提案し、手渡そうとしたのですが、不要とのことでした。結果として、非常に残念です。

<番外編>些細なこと?(理系頭の私は否定したい間違い)
   50ページ下段 後ろから9行目
  「大学時代にはハードロックバンドのボーカルとしてKISSばりの派手な化粧をして
  ライブハウスで声を張り上げた」
 
   ↓
   私は、KISSばりの派手な化粧はしていません。
      
 私が大学生だった1980年代には、KISSばり(歌舞伎役者風)の派手な化粧をしているバンドはほとんどありませんでした。私もメイクはしていたものの(『寄りそ医』193頁の写真の通り)、さほど派手ではありませんでした。 
 第一、KISS自身もこの時期メイクをしていません。思いつく限り、当時からKISSばりの派手な化粧をずっと続けているのはデーモン小暮閣下(聖飢魔Ⅱ)と氏神一番(カブキロックス)くらいでしょうか。
 このあたりはハードロックに疎い記者が、テキトーなイメージで書いたのでしょうが、ひどい勘違いです。


 以上、間違いを指摘しました。
 アエラの担当記者も、けっして悪気はなかったのだと思います。
 しかし、たとえほんの些細な間違いや配慮の欠落であっても、そういうことが当たり前のこととして集積すると、そのメディアへの信頼や信用が少しずつ揺らいでいくような気がします
 
 それでも、私がこれまで出会ったメディア人は、本当に丁寧で、誠意のある気持ちのよい対応をしてくださった方がほとんどでした。

 これからも、良質なメディアが存続することを願ってやみません。


コメント

アエラの記事、読みました。

この記事からは中村先生に対する愛情や尊敬の念が感じられませんでした。
記者の方は、いったい何を書きたかったのでしょうか?
かなり細かいゴシップまがいのエピソードの羅列、言葉尻だけをとらえて書かれたような印象を受けます。その裏にある一貫した中村先生の思いや姿勢が伝わってこない。「言葉が足りない」だけではないように思います。

私たちが知りたいのはそんなことじゃない。

先生の地域医療に対する真摯な思い、名田庄と結婚し「寄りそ医」「支えあ医」が誕生するまでの地域との絆、「お互い様」の言葉から得たものの大きさ、そして今、先生が全国に展開しようとしている「地域絆力」をつけるということ。。。
これらはすべて、先日刊行された「寄りそ医」に書かれています。

3日前に「寄りそ医」を読んだ時は先生の思いやお人柄が感じられ、とても暖かな気持ちになりました。そして今日、アエラを読んでとても残念に思ったのです。

中村先生は先日のブログで、記事の評価に関して以下の4点を上げられていました。
(1)内容の正確さ
(2)取材対象者(=私)および取材した相手(=私の知人等)への配慮
(3)人間に対する愛情(ヒューマニティ)
(4)想定される、読者および社会への影響

先生は(1)についてのみ言及されていますが、(2)(3)(4)に関してもアエラの記事は著しく配慮に欠けるように感じます。

いいことも書いているのに、全体のトーンが「否or非」中村先生に感じられてしまうのです。読んだ後に「良い気持ち」にはなれませんでした。アエラという著名な雑誌なのに残念です。

中村先生も本当はおっしゃりたいことが色々とおありかもしれませんが、「自宅で大往生」やbeフロントランナー、そして「寄りそ医」を読んだ人ならわかっているはずです。

これからのご活躍も期待しております。


長文、失礼いたしました。


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