プロフィール

natasho

Author:natasho
国民健康保険 名田庄診療所
中村伸一


施設名称 :
国民健康保険名田庄診療所
開設年月 : 1955年7月
所在地 :
福井県大飯郡おおい町名田庄下6-1
管理者 : 所長 中村伸一
診療科目 :
内科、胃腸科、消化器科、アレルギー科、小児科、外科、整形外科、皮膚科
併設施設 :
「あっとほ~むいきいき館」内に、診療所のほか、歯科診療所、訪問・通所介護事業所、国保総合保健施設、住民のための多目的室、町役場の支所などを併設。



すべて手書きの電子カルテ ドクターボード
電子カルテのドクターボード
医療施設向け紙カルテ同様の手書き入力可能が導入されているポイント

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

QRコード

QRコード

FC2カウンター

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
<未熟な医者の不安な診療所赴任>
 医者になって3年目の平成3年に、ここ名田庄診療所に赴任しました。現在はおおい町の一部となった旧名田庄村は、福井県の最南端に位置し、人口約3000人、高齢化率は当時すでに25%の山村です。名田庄診療所はこの村で唯一の医療機関。医師はもちろん私ひとりだけでした。
 医師免許取得後3年目の私が、医師ひとりだけの診療所で働くことは、経験が少なかったこともありたいへんなプレッシャーでした。
 田舎の診療所だと、特定の診療科を掲げていないので、どんな病気や怪我の患者さんが来るのか全く想定できません。わからないことがあっても、相談できる先輩医師は周囲にいません。今なら、インターネット検索もできるし、電子メールで他の医師に相談することも容易にできます。しかし当時は、そんな便利な世の中ではありません。毎日が不安の連続でした。
 でも、不安でどうしようもなくびびっている若い医者に診られる患者さんは、もっと不安だったでしょうね(笑)。よく耐えながらつきあってくださいました。
 不安は医者として新米だったからだけではありません。なんと私は、新婚1カ月もたたないうちに名田庄村にやってきたのです。そう、生活者としても新人だったわけです。病院での初期研修の仕事を整理し、新婚旅行から帰ってきたと思いきや、すぐに引っ越しとなりました。そんなわけで、私たち夫婦の名田庄村での最初の行動は、村役場への婚姻届の提出でした。
 私の出身地は三国町(現・坂井市)という福井県の最北部です。同じ福井県でも、ここ名田庄村とは全くの逆サイド。知り合いなどいるはずもなく、当時の診療所の事務長さん夫妻にお願いして証人になってもらい、無事、婚姻届を提出しました。これでめでたく、私たちは法律上も夫婦となり、村民になることができました。

<「家」への思いのある村>
 でも、不安ばかりだったわけではありません。不安をはるかに上まわる「燃料満タンのやる気」もあったんです。
 自分ひとりしかいないということは、逆に考えると、なんでも自分の思うようにやっていいということになります。そうです。ここには口うるさい先輩医師や意地悪な古株看護師もいないのです。国民健康保険の直営診療所(村の公的診療所)ですから、村長が開設者であり私の上司ですが、医師は私ひとりで、かつ管理者なので、診療のすべては私の手のなかにあるのです。研修医時代に、いろいろな科で先輩医師や看護師と衝突する問題児であった私にとって、「好きにやっていいよ」という神の声(聴こえたような気がしたけど幻聴かな?)は、非常にありがたくもありました。
 重い責任と同時に自由な権限を手に入れた私は、やる気は満タンになったものの、エンジン全開までには少々時間がかかりました。自分のエネルギーをどこに向けたらいいのかわからなかったのです。しばらくは充電の日々でした。
 3カ月くらい過ぎた頃、この村の特徴に気づきはじめました。まず一つは、屋号で呼び合う風習が残っていること。同じ名字でも親戚関係はなかったり、嫁にいくと名字が変わって出身地区がわからなくなったりしますが、屋号で「どこそこの出です」と言えば、みなさん「おー、そこの出かい」で話が通じます。こちらにとってはチンプンカンプンですが、それだけ家のつながりを大切にしている証拠です。
 また「家で死にたい」と望むお年寄りが非常に多いとも感じました。今でも九割以上の方がそう願っていると思います。そして家族のほうも「できることなら家で看取りたい」と思っているのです。都会でマンション生活を送っている人には想像がつかないくらい、家に対する強い思いを村の人たちはもっています。

<やる気が空回り――忘れられない患者さんたち>
 この赴任間もない時期に、往診で出会った何人かの患者さんたちが今でも忘れられません。耳はいいけどボケたじい様と、耳は遠いけどしっかり者のばあ様の二人暮らし世帯。お互いの弱点を埋め合ってギリギリで生活しています。もしもどちらかが病に倒れたら、二人の家庭生活は一気に困難な状況に陥ってしまいます。
 また、脳卒中になり救急車運ばれ緊急入院。その後、寝たきり状態のまま退院したが、病院からの往診は当然なし。家族が病院に薬だけ取りに行っていたケース。発熱で診療所に往診依頼があり、お宅に行ってみたところ、ふつうの風邪でした。薬を出したあと、「今後は定期的にこちらで診ましょうか?」と切り出してみましたが、「いざというときは病院に頼みたいのでけっこうです」と断られてしまった。トホホ……。
 長年寝たきりで、介護する家族の力では風呂に入れなくなってから、なんと三年間も入浴していなかったという方もいました。何か病気があったわけではなく、老衰のような感じでの寝たきりだったので、どの医者にもかかっていない。「腰のあたりに黒いものができている」とのことで往診依頼。「悪性腫瘍か?」と緊張しながら患者宅に行って診てみると、そこには大きな床ずれ(褥瘡)が! 処置後に「今度はいつ来ましょうかね?」と尋ねると、「困ったことがあったら連絡するので、それまではけっこうです」との返事。来るなといわれりゃ、行くことはできない。

<医療だけで解決しなくてもいい>
 こんな方たちを診ているうちに、医療だけで対応することの限界を感じてきました。医者のやることは、診察し診断して薬を出すだけ。しかも、有料の割に短時間。呼ばれりゃ行くけど、呼ばれなきゃ行けない。病気は診られるけど、生活面をみることはない。実際、新婚で若造の医者には、介護の苦労や嫁姑関係の奥深さなど理解できるわけがありません。
 村の人たちの家に対する思いが強いのはわかるけど、あまりに自分たちだけでお年寄りを囲い込みすぎるのです。責任感が強すぎて、「うちの年寄りをよそ様に看てもらうのは家の恥だ」とでも言わんばかりに。
 はーぁ、医療の限界……。
 ちょっと待てよ。何も医療関係者だけで解決しなくてもいいんじゃないかな! そう気づくまでに、それほど時間はかかりませんでした。

コメント

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

はじめまして。今、録画予約しておいた再放送のプロフェッショナルを拝見しました。一週間ほど、誤嚥性肺炎で入院して父を見舞って、戻ってきてこの番組をみたら、まるで我が家のことのようで、涙が止まりませんでした。父をひとりで看ている母、医師を頼りきっている母。先生の一言一言が、私や母や父に、向き合って話してくださっているようで、とても心に響きました。これからも先生のような医師が多く育ってくれることを願ってやみません。先生の、人生そのものかもしれない医師としての仕事を応援したいと思います。

コメントの投稿

URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)


 BLOG TOP 




上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。