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Author:natasho
国民健康保険 名田庄診療所
中村伸一


施設名称 :
国民健康保険名田庄診療所
開設年月 : 1955年7月
所在地 :
福井県大飯郡おおい町名田庄下6-1
管理者 : 所長 中村伸一
診療科目 :
内科、胃腸科、消化器科、アレルギー科、小児科、外科、整形外科、皮膚科
併設施設 :
「あっとほ~むいきいき館」内に、診療所のほか、歯科診療所、訪問・通所介護事業所、国保総合保健施設、住民のための多目的室、町役場の支所などを併設。



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 卒後3年目の平成3年に名田庄村(平成18年3月合併:現おおい町名田庄地区)の国保診療所に赴任してから、18年が経ちました。同じ土地に長くいると、地域での人間関係が深まり、それを仕事に活かすことができる反面、非常につらい経験もしなければなりません。
 「医師―患者関係」として出会った、例えば最初から寝たきりであった方を看取る場合には、個人的感情は入り込みません。しかし、元々おつきあいのあった方が病気になることで「医師―患者関係」になり、しかも最期を看取るとなると、当然個人的な感情が入ってきます。昨年末、若い頃からお世話になっている方を看取るつらい経験をしました。
 村役場OBのSさんは私の恩人でした。総務課長を勤め上げた後、村政相談員として住民と役場の架け橋役となり長年活躍され、ここ数年は診療所や保健センターの周辺を花でいっぱいにするボランティア活動を実践されてきました。
 赴任当初から私のような若造の言うことに耳を傾けてくださり、私と他の役場職員が対立したときや、村長と意見が食い違ったときにも、中立の立場でいながら、心情的には間違いなくいつも私の味方でした。はるかに若い私に対しても常に敬語を使う物静かな紳士のSさんは、私が年をとったら「こうありたい」と思える人物でした。
 病床に伏して1ヶ月程経ったある日の訪問診療で、Sさんはやや苦しそうな呼吸になりつつも、私の顔を見て笑顔で「(中村先生だと)わかりますよ」と小さな声で言いました。その場を離れづらく感じた私は、昔話をしたりSさんの身なりを整えたり、いつもはしないようなことをして長く滞在していました。なんとなく「帰らないで」と言っているような気がしたのです。そのうちにカッと目を見開いたSさんは必死の形相で私に何かを訴えるようにした後に、だんだんと意識が薄れ呼吸が不規則になり、数分間の経過で永眠されました。
 臨終の場面では、家族同様に涙が止まりませんでした。最期の最後に何を言いたかったのでしょうか?村の歴史の生き字引で、だれよりも村の将来を考えていたSさん。「この後の名田庄をまかせましたよ」そう言いたかったのではないかと思えて仕方がありません。
 12月28日、元役場職員らしく、御用納めの日に人生のお勤めを終えられました。
 若くして村に入り、村で医師として育てられ、私を育ててくれた方々を村で看取っていく。私にとってはつらい看取りですが、それがこの地域に対する恩返しになるのでしょうか。
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