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Author:natasho
国民健康保険 名田庄診療所
中村伸一


施設名称 :
国民健康保険名田庄診療所
開設年月 : 1955年7月
所在地 :
福井県大飯郡おおい町名田庄下6-1
管理者 : 所長 中村伸一
診療科目 :
内科、胃腸科、消化器科、アレルギー科、小児科、外科、整形外科、皮膚科
併設施設 :
「あっとほ~むいきいき館」内に、診療所のほか、歯科診療所、訪問・通所介護事業所、国保総合保健施設、住民のための多目的室、町役場の支所などを併設。



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<雪の降る朝、タネさんを襲った病>
 世の中には我慢強い人とそうでない人がいます。東谷タネさん(89歳・女性)は、笑顔がすてきでユーモアのセンスにあふれ、だれからも好かれますが、非常に我慢強い人でした。
 そのタネさんが、早朝に襲われた我慢できない激しい痛みは「大動脈解離」という、命に関わるような大病によるものでした。若い人なら間違いなく手術するこの病気も、高齢で心臓が弱いタネさんにとっては非常に危険です。入院の上、安静にして血圧を下げ病状が安定するのを待つ治療になりました。
<せめてトイレは自分で行きたい>
 約1ヶ月後、タネさんは退院し、自宅に戻ってきました。病気は一段落しましたが、介護が必要な状態で戻ったことになります。
 以前は老人車を押してご近所を歩いていたタネさんは、全くの寝たきり状態でした。幸い我慢強くて意志の強いタネさんは、ボケることはいっさいありませんでした。ただ、ボケていないがために、羞恥心もプライドもしっかり残っていて、介護者であるお嫁さんに紙おむつの交換など下の世話をされるのを嫌いました。「せめてトイレは自分で行きたい」という意思が非常に強いのです。
 家に戻ってから1週間もたたないうちにタネさんは尋ねるのです。「先生、リハビリすれば、元のように歩けるかのー?」
 正直言って、返答に困りました。タネさんの場合、リハビリはそう簡単なことではないのです。「大動脈解離→血圧を下げ安静治療→寝たきり」というパターンで寝たきりになったため、「リハビリ→血圧上昇→大動脈破裂!」という最悪のパターンが容易に予測されるのです。
 大動脈解離の手術ができなかったため、爆弾を抱えながら生きているようなものですから、リハビリ中にその爆弾が爆発するかもしれない状況なのです。
<「爆弾」が破裂しても、本人の「歩きたい」という思いに応えるか?>
 本人の「再び歩きたい」という強い思いとは裏腹に、家族も悩んでいました。もしリハビリ中に大動脈が破裂したら後悔するだろうか?それとも寝たきりのまま生涯を閉じた方が後悔するだろうか?
 もちろんスタッフの意見もわかれました。2週間に一度開かれるケアカンファレンスでは、医師・看護師・保健師・ケアマネジャー・管理栄養士、デイサービス職員・ホームヘルパー・役場福祉担当者が集まり、議論したところ。。。
 「家族がどう言おうと、本人の意思を尊重すべきだ」
 「自分が担当するデイサービス中に破裂したら、どうしよう?」
 「僕が自分が同じ立場なら、歩こうとだろうなー。」
 「いや、私なら大人しく寝ているわ。」
 最終的には、遠方に嫁いだ看護師でもあるタネさんの娘さんの一言で決まりました。
 「おばあの好きなようにさせてやってください。その方がおばあらしいですから。」
 この一言があってから、スタッフの意見はリハビリする方向で一致しました。それでも不安がる職員に対して、私はこう話しました。
 「人はいずれ死にます。タネさんの場合は、大動脈が突然、破裂して死ぬ危険性が高いけれど、それがいつ起こるかはだれにもわからない。家で大人しく寝ていても起きるかもしれない。もしそれが、タネさんの大好きなデイサービス中だったら、たまたまそのタイミングで起こったというだけだから、それはそれでいいよね。」
 個々のスタッフは異なった視点を持ち、違った思いを持っていますが、おおむね同じ方向を目指さなければなりません。それぞれの方向がバラバラだと、利用者(患者)に対して充実したサービスとはならないのです。複数の漕ぎ手がバラバラな方向に漕いだら、舟がまっすぐに進まないのと同様です。
<「家の延長」としての施設>
 当施設あっとほ~むいきいき館は、診療所・保健福祉センター・デイサービスセンターなどが一体化した、在宅療養を支援する保健医療福祉の総合施設です。その基本コンセプトは「家の延長」であり、「日常的に利用する施設」です。
 基本に立ち返れば、自宅と同じように使っていただきたい施設ですので、喜ばしいこともあれば、具合が悪くなることも、あるいはそこで死ぬこともあるかもしれません。それが人の日常生活なんですよね。何かあったら困るからお断りするようなお役所仕事をする所ではありません。村長から「公共の施設だけど、第2の役場にはしないでほしい」との思いをしっかり受け止めていた私は、訪問看護とデイサービス中のリハビリにゴーサインを出しました。
 リハビリ開始から1ヶ月後、タネさん本人の努力、家族の励まし、スタッフの熱意などにより、タネさんは再び歩いてトイレに行き、付き添いがあればご近所も散歩できるまでに回復しました。
<大病を乗り越え、ポックリ逝った大往生>
 大動脈解離で入院した日から2年ほど経ったある朝、ちょうど私が目覚めたころ、タネさんの息子さんから電話がありました。
 「朝、嫁さんが起こしにいったら、おばあが冷たくなっとった。」
 あわてて着替え、すぐにタネさん宅に向かいました。
 タネさんは、何事もなかったかのような安らかな表情で、その姿は息を引き取った後なのに、「おおー、みんな集まって、どないしたんや?」とでも言いそうにみえました。
 大病を乗り越え、元気なままでポックリ逝った大往生でした。
 最期まで歩き続け、最期は下の世話をしなくてもいい状態でこの世を去ったタネさん。いつも笑顔を振りまき、ユーモアで周囲を和まし癒してくれたタネさん。
 私たちは、あなたをお手本に生きていこうと思います。

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