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Author:natasho
国民健康保険 名田庄診療所
中村伸一


施設名称 :
国民健康保険名田庄診療所
開設年月 : 1955年7月
所在地 :
福井県大飯郡おおい町名田庄下6-1
管理者 : 所長 中村伸一
診療科目 :
内科、胃腸科、消化器科、アレルギー科、小児科、外科、整形外科、皮膚科
併設施設 :
「あっとほ~むいきいき館」内に、診療所のほか、歯科診療所、訪問・通所介護事業所、国保総合保健施設、住民のための多目的室、町役場の支所などを併設。



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はじめに

 平成3 年、自治医科大学の卒業生として、県庁からの派遣で旧名田庄村に赴任した。その当時、将来はがん治療に関わる外科医になるのか、地域医療をライフワークにするのか、自分でも迷いながら悩みながら「とにかく与えられた仕事は全うしよう」という思いで、へき地での診療に取り組んできた。
 最終的には地域医療を選択したことになるが、赴任当初から現在まで一貫して「患者が望む場合、可能な限り自分ができることは自分でやり、ここでできることはここでやる」ということを基本姿勢としている。旧名田庄村は、平成18年3 月に漢字の大飯町と合併し、ひらがなの「おおい町」となった。個人情報保護が厳しくなっている世の中の流れもあり、合併後の現在、名田庄地区だけの疾病統計、死亡統計等を抽出することは困難となった。
 そこで、平成3 年に旧名田庄村へ赴任してから合併するまでの15年間の悪性疾患との関わりについてまとめたので、報告する。

図1 旧名田庄村(おおい町名田庄地区)





地域・診療施設の状況

おおい町名田庄地区(旧名田庄村)は福井県の最南端に位置する人口3,000人弱、高齢化率30%の地域であり、医療機関は国保直診である当診療所のみ
で、最も近い総合病院(公立小浜病院)までは車で25分という環境にある(図1)。
 平成3 年、私が赴任した当時の名田庄診療所は、鉄筋コンクリート平屋建ての古くて小さな建物であった。多くのへき地診療所と同様、医師は一人であり、入院設備はない。当時の1 日平均患者数は65人であり、CTなどの高額医療機器はないものの、X線テレビ装置・超音波診断装置・上部消化管内視鏡・下部消化管内視鏡などの医療機器はそろっていた。
 平成11年には、国保直診に国保総合保健センターを併設した保健医療福祉総合施設「あっとほ~むいきいき館」が完成し、地域包括ケアの拠点ができた。入院設備や介護保険における入所設備のない「在宅を支える」がコンセプトの総合施設である。この平成11年度から16年度は医師2 名体制で診療していたが、平成17年度からは地方の医師不足のあおりを受け、再び医師一人での診療体制となった。
表1 早期発見に努める

(1) がん等悪性疾患の診断平成3 年度からの15年間で、当診療所で診断し得た悪性疾患は150例で、平均すると年間10例となる。胃がん・大腸がん・肺がんの順に多いのは一般の頻度と同様であるが、珍しい症例としては、悪性リンパ腫のうち、胃のMALToma、肺のBALTomaがそれぞれ1例ずつあった(表1)。
 早期発見に努めることは言うまでもない。しかし、早期発見できずに治癒に至らない場合でも、最初に当診療所で診断することが、患者と紹介先の医療機関からの信頼につながることは間違いない。診断能力があると信頼されるからこそ、紹介した病院からの逆紹介により、治療後のフォローや緩和ケアを任されていると考えている。
(2)誕生月胃カメラ検診制度がんの診断に大きな役割を果たしているのが、名田庄村独自の制度である誕生月胃カメラ検診制度といえる。この制度は、40~70歳の住民を対象として、誕生月に限り1 人2,000円で胃カメラ(上部消化管内視鏡)で検診を行う制度である。
 昭和63年に私の前々所長(現福井県立病院外科・服部昌和医師)の時代に始めた事業で、平成17年度末までに2, 929例実施し、うち19例(0.65%)の胃が
んを発見した。この発見率は、従来のバリウムによる胃集団検診の3 ~ 5 倍に当たる。発見した19例のうち15例(78.9%)は早期胃がんであり、いずれも完治している(表2)。
 なお、この事業は、合併後の新町でも引き継がれている。


表2 誕生月胃カメラ検診制度




(3)外科医・内視鏡医としてのがん治療への参加
 社会保険高浜病院、福井県立病院、公立小浜病院等の協力を得て、患者が希望した場合、自分で診断したがんの治療には積極的に参加するようにしている。
 私自身のがん治療への参加は、15年で45例であった。自ら術者として執刀したのが14例、助手として手術に参加したのが19例、内視鏡治療の術者となったのが12例である。
 内視鏡治療のうち、一度も病院に紹介せずに診療所の外来で治療した症例は3 例であった。これらの胃がん・S状結腸がん・直腸がんの各症例はいずれも早期であり、当診療所の外来治療で完治すること得た(図2)。
 このように癌治療に直接関わることは、長くへき地診療所に留まる際のモチベーション維持にもつながっている。
(4)化学療法・内分泌療法
経口剤を除いた化学療法・内分泌療法を行ったの
は9 例であった。進行胃がんに対する5 FU/MTN併用療法、5 FU/CDDP併用療法がそれぞれ1 例、2 例ある。大腸がん肝転移に対しては、皮下のポートから5FU/LVを持続動注した症例が1 例、皮下のポートから中心静脈に5 FUを持続静注させCDDPを間歇投与したが途中からCPT-11/ 5 FU/LV併用療法に切り替えた症例が1 例あった。
 とくに後者は、初診の段階でS状結腸癌の多発肝転移状態で腫瘍マーカーも異常高値であったが、患者が「2 か月延命のために1 か月も入院したくない」と自宅療養を強く希望したため、紹介先の病院から早期退院し、可能な限りの在宅化学療法を継続した。当初の予想を超えて長く生存し、初診から11か月目
に自宅で永眠した。
 前立腺がんに対するLH-RHアゴニストの投与は4 例であった。
 また、経口剤では、最近日本で認可されたテモダールを脳腫瘍(悪性神経膠腫)再発の方に投与した経験がある(表3、図3)。

表3 当診療所における経口剤を除く化学療法・内分泌療法



(5)在宅緩和ケアと在宅死
 悪性疾患と在宅死をみると、当診療所で最初に診断した150例のうち、死亡は82例、そのうち在宅死は28例(34.1%)であった。また、他の施設で診断治療され当診療所に紹介のあったのは10例で、死亡は8 例、うち在宅死は5 例(62.5%)であった。
 当診療所が関わったがん患者死亡例の90例中33例(36.7%)が、在宅で最期を迎えている。
また、当診療所では、インフォームド・コンセントの概念が普及する前の時代から、判断能力に欠け
る認知症患者を除いて、ほとんどの患者にがんであることを告知している。認知症の場合は、「事実は忘れ、感情が残る」という特徴があるため、告知によるメリットは少なくデメリットが大きいと考えて
いる(表4)。
 平成3 年度からの15年間で、旧名田庄村で亡くなった方の総数は512名で、そのうち在宅死は216名(42.2%)であった。最近の日本全体の在宅死率11~12%と比較すると、高い在宅死率であると言える。
 在宅死の死因では、いわゆる老衰(自然死)が103例(47.7%)と半数近くを占めるが、がん等の悪性疾患は33例(15.3%)であった(図4)。
 ところで、在宅での見取りはむずかしいのだろうか?
 末期がんと寝たきりでは、患者を抱える家族の不安の質が異なることを経験する。末期がんの場合、家族の不安は「いつ死んじゃうんだろうか?」であり、寝たきりの場合は「いつになったら死ぬんだろうか?」ということになる。
 末期がんの場合は期間限定だからこそ、もっと多くの方が在宅で死を迎えることができるのではないだろうか。


表4 在宅緩和ケア:悪性疾患と在宅死





在宅死と命の教育


 昔は、家で生まれ、家で老い、病に倒れても家で過ごし、家で死ぬ。つまり、生老病死のすべてが家で営まれた。
 今は、病院で生まれ、老いてからも家で過ごしにくくなり施設で過ごす人も少なくない。ほとんどの人は病院で死んで、一度も家に帰らずに葬儀場へ直行というパターンもよくみられる。
 どちらの環境のほうが、同居する子や孫は命のリアリティを実感するだろうか?
 悪性疾患であっても私が在宅死にこだわる理由は、家という日常生活の場で息を引き取ることが、本人のためだけでなく、子や孫に命のリアリティーを伝える大切な儀式(命のリレー)だと考えるからである。



総合医と地域医療、へき地医療


 最近、かかりつけ医やプライマリ・ケア医、総合医の重要性がマスコミでもさかんに言われているが、その定義や解釈はさまざまである。
 総合診療に関わる、いわゆるGeneralistの医師は、以下のように大きく分類できると私自身考えている。

・北米型ER医
・総合内科医(General Internal Medicineを実践する医師)
・クリニック型家庭医(Family Medicineを実践する医師)
・地域包括ケア医(≒へき地離島型総合医)

 北米型ER医は、あらゆる疾患や外傷の初期治療に関わるが、慢性疾患のフォローは対象としない。総合内科医は、臓器の専門性にかかわらず広く内科全般を診るが、外傷や整形疾患は対象としない。多くの場合、北米型ER医や総合内科医の活躍の場は大病院が中心となるであろう。
 クリニック型家庭医は、家庭に重点を置きプライマリ・ケアを提供するが、検査手技や治療手技にこだわらず専門医への橋渡しに徹する医師が多い。おそらく多くの人々は、クリニック型家庭医を総合医として考えているのではないだろうか。
 ところが、クリニック型家庭医が増えても、地方の医師不足が解決しへき地や離島の医療が充実するとは思えない。なぜなら、紹介医に徹して困難な症例をすぐに専門医に紹介できるのは、都市部に限られるからである。
 へき地離島では、自分の臨床能力では手に負えないと感じる場合でも、患者を目の前にして逃げられない状況になることも少なくない。その分野の専門医ほどの力量はなくとも、その場その場で自分の能力の100%(あるいはそれ以上)を出さざるを得ない。へき地離島型総合医、すなわち地域包括ケア医は、限られたコミュニティにおいて、予防から診断、治療、リハビリ、看取りまで幅広く診療することを求められ、医療機器も人的資源も限られたスペックを最大限に活かさなければならない。
 今回、悪性疾患について述べたが、その他の疾患でも同様で、予防から看取りまで人々のライフサイクルすべてに関わり、あらゆる場面で全力投球するのが第一線の地域包括ケア医としての醍醐味であろう。
 地域包括ケア医こそ本物の総合医であり、地域包括ケアを実践する医療機関での教育こそが、真の総合医を増やし、地方の医師不足を解決する近道ではないだろうか。



おわりに


 医療従事者か否かにかかわらず、へき地診療を理解していない人の中には、診察して薬を処方し、ときどき採血や胸部X線を撮るだけでへき地診療所のプライマリ・ケア外来は十分だと考えている人が少なくない。なかには、お年寄りの話し相手をするのがへき地や離島の診療所外来だと大きく勘違いしている人さえいる。
 それとは逆に、離島でのレベルの高いすばらしい医療を描き、多くの人々に離島医療の夢と感動を伝えたのが、山田貴敏氏の漫画作品でテレビドラマ化もされた「Dr. コトー診療所」であった。
 しかも、Dr. コトーはブラックジャックのような架空の人物ではない。国診協の大先輩、鹿児島県下甑島手打診療所の瀬戸上健二郎先生がDr. コトーの実在のモデルであることはよく知られている。
 離島で食道がんや腹部大動脈瘤の手術を行う瀬戸上先生のようなスーパードクターにはなり得ないが、せめて雪国の「Dr. 陸のコトー(孤島)」でありたいというのが私の思いである。
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