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<title>国民健康保険 名田庄診療所所長 中村伸一のブログ</title>
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<description>海と山に囲まれた自然豊かな町・福井県おおい町。おおい町名田庄地区の医療を一手に担う診療所 名田庄診療所所長 中村伸一のブログ</description>
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<title>講演の後で</title>
<description> 　テレビに出演して以来、あちこちから講演依頼があります。１０月～１１月は、これまでの人生で、もっとも出歩いた２ヶ月といっても過言ではないでしょう。＜11月7日＞ 介護フェスタいしかわ2009　金沢で「介護と医療のすてきな関係」と題して講演しました。この日のトップバッターは金沢大学のジャズサークルMJSの演奏でした。メンバーのインフルエンザ感染で、ビッグバンドの予定が４人編成になりましたが、この４人のがんばり
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<![CDATA[ 　テレビに出演して以来、あちこちから講演依頼があります。１０月～１１月は、これまでの人生で、もっとも出歩いた２ヶ月といっても過言ではないでしょう。<br /><br />＜11月7日＞ 介護フェスタいしかわ2009<br />　金沢で「介護と医療のすてきな関係」と題して講演しました。この日のトップバッターは金沢大学のジャズサークルMJSの演奏でした。メンバーのインフルエンザ感染で、ビッグバンドの予定が４人編成になりましたが、この４人のがんばりでオープニングは実にいいスタートを切りました。<br />　次は私の出番です。いつも会場のみなさんとコミュニケーションをとりながら、講演が一方的にならないようにしていますが、照明の関係で客席は真っ暗！壇上からはお客さんの表情が読めせんでした。でも、笑いの頻度からいくと、まずまずの反応があったようです。<br />　残念だったことは、私の講演の後に、砂川恵理歌さんのライブや小杉爆笑劇団の演劇があったのですが、すぐに大阪に向かわなければならず、会場を後にしたことでした。<br /><br />＜11月8日＞ 家庭医療学会 家庭医の生涯教育ためのワークショップ<br />　大阪・天満で日本家庭医療学会の会員対象に講演しました。<br />　実は私、日本家庭医療学会に入っていません。それだけでなく、日本プライマリ・ケア学会にも、日本総合診療学医学会にも入会していません。この３学会は合併に向かっていて、このことに関して意見を求められることも多いのですが、入会していない私にはなんの関係もありません。<br />　ここで、大学の同級生であるM医師とF医師に会いました。M君は、整形外科領域のエコーの第１人者で、F君はもはやこの学会の重鎮です。偉くなった二人と比べると、相変わらず田舎に引きこもって診療している自分がちょっとだけ情けなくなりました。でも、同級生が出世したりするは、自分のことのようにうれしいから不思議です。<br /><br />＜11月14日＞ 北海道医療大学歯学部同窓会 北海道支部連合会・札幌支部２０周年記念講演<br />　札幌は４年ぶりでした。前日が東京出張だったため、羽田から札幌に向かいましたが、なぜかその便は若い女の子ばかり！なぜだ？？答は、嵐のコンサートが札幌であったからでした。私の講演とは関係ないのは当たり前です（笑）。<br />　夕張希望の杜の村上智彦先生、八田政浩先生とのトリプル講演でしたが、お二人とは初対面です。短い時間でしたが、楽しくお話させていただきました。<br />　北海道医療大学歯学部は比較的若い大学で、同窓生の幹事クラスも私とほぼ同世代でしたので、懇親会でもとても楽しく過ごさせてもらいました。<br />　残念だったのは、３次会でおなかが一杯になってしまい、締めのラーメンを食べられなかったことです。せっかく札幌に行ったのに本当に残念です（T T）。<br />　今度、札幌に行くときは、ラーメン１杯分は胃袋を残しておこうと思います。私には「別腹」はありません。<br /><br />＜11月21日＞ 地域医療連携フォーラム<br />　ハーモニーホール福井という福井県の音楽の殿堂で、講演しました。<br />　外科医だった時代の師匠である元福井県立病院院長のM先生が開催責任者で、かつて私のもとで地域医療を学んだB先生がパネリストとして登場するというシチュエーションだったので、なんだかなつかさを感じつつ、いい時間を過ごしました。<br />　この後の懇親会も非常に楽しく過ごしました。翌日朝から大津に行かなければならないのに、すっかり酔っぱらってしまいました。<br /><br />＜11月22日＞  滋賀県国保地域医療学会<br />　大津プリンスホテルで講演しました。滋賀県は、全国国保診療施設協議会の冨永会長のお膝元でもあり、さすがにみなさん、質の高い発表をしていました。驚きです。<br />　三連休の中日にもかかわらず、朝から夕方までの長帳場でも、みなさん居眠りすることもなく、すごい集中力で聴きつづけ質問していました。ホントにすごいことです。<br />　残念だったのは、私自身の不甲斐なさです。講演の最後に非常にいい質問をしてくれた京都大学の大学院生の方に対して、私がうまく答えることができなかったことです。<br />　今の医療の問題点を突いたいい質問だったのに、時間の関係上、ワンコメントで返せなかったのです。じっくり時間をかけて話せば可能だったのに、残念です（T T）。<br /> ]]>
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<dc:subject>日々の思い</dc:subject>
<dc:date>2009-11-23T21:05:25+09:00</dc:date>
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<title>再放送決定！「プロフェッショナル仕事の流儀」</title>
<description> 平成２１年１０月２７日（火）２２時～、「プロフェッショナル仕事の流儀」の再放送が決定しました。　今回は、前回（１月１３日）よりも４分間長い番組となっています。よーく視ると、前回との違いがわかるかもしれません。おそらく、スタジオ収録分が追加されたのではないかと想像します。　どこがどう違っているのか？、当日の放映を私も楽しみにしています。
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<![CDATA[ 平成２１年１０月２７日（火）２２時～、「プロフェッショナル仕事の流儀」の再放送が決定しました。<br /><br />　今回は、前回（１月１３日）よりも４分間長い番組となっています。よーく視ると、前回との違いがわかるかもしれません。おそらく、スタジオ収録分が追加されたのではないかと想像します。<br /><br />　どこがどう違っているのか？、当日の放映を私も楽しみにしています。<br /> ]]>
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<dc:subject>お知らせ</dc:subject>
<dc:date>2009-10-22T16:56:42+09:00</dc:date>
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<title>癌の痛み、戦争の痛みと戦って迎えた最期</title>
<description> ＜「とうとうそのときが来ましたか」＞　毎年、終戦記念日になると思い出すのが、シベリアに抑留された経験をもつYさんの最期でした。　Yさんとの最初の出会いは、平成７年の晩秋でした。軽い腹部の不快感と全身のだるさを訴えて、診療所の外来を受診されました。　　　よく診ると、眼球の白い部分が少し黄色っぽくみえます。黄疸（体内に胆汁がたまり皮膚が黄色くなる状態）を疑い、腹部エコーをしたところ、膵臓癌でした。　放置
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<![CDATA[ ＜「とうとうそのときが来ましたか」＞<br />　毎年、終戦記念日になると思い出すのが、シベリアに抑留された経験をもつYさんの最期でした。<br />　Yさんとの最初の出会いは、平成７年の晩秋でした。軽い腹部の不快感と全身のだるさを訴えて、診療所の外来を受診されました。　　<br />　よく診ると、眼球の白い部分が少し黄色っぽくみえます。黄疸（体内に胆汁がたまり皮膚が黄色くなる状態）を疑い、腹部エコーをしたところ、膵臓癌でした。<br />　放置すると黄疸が悪化して大変なことになりますので、入院治療が必要です。<br />　すぐにも入院が必要だったため、その場でYさんご本人に告知しました。すると、Yさんは不思議なくらいサバサバした表情で「とうとうそのときが来ましたか」と言われたのが印象的でした。このときの私には、その意味がわかりませんでした。<br />＜シベリアでの抑留体験＞<br />　それにしても膵臓癌というのは、なかなかやっかいな病気です。進行するまで症状が出にくく、胃の裏側にあるため検査でもわかりにくい上に、治療は困難を極めます。手術しても抗癌剤でも完全に治すことはほとんど不可能です。ただし、金属製のステント（筒状にふくらむ医療器具）を胆管に入れることで黄疸を減らせば、その後しばらくは楽に暮らせます。<br />　入院して精密検査をした結果、癌はかなり進行していたため、すでに手術はできない状態だと判明しました。癌そのものは治療しませんでしたが、金属製ステントを胆管に挿入することで黄疸は減りました。入院から１ヶ月もたたないうちに自宅に戻ってこられました。<br />　自宅に戻ってからは、こちらかYさん宅のお宅に訪問診療に行くことになりました。退院当初、Yさんの顔色はよく、食欲も旺盛で、とても病人には見えないくらいでした。診察室では寡黙なYさんも、ご自宅ではリラックスしておられ、いろいろな世間話をしました。そのうちにYさんはシベリアでの抑留経験を話してくれるようになりました。<br />「とにかく寒くて寒くて大変だった。生きている心地がしなかった。朝起きると、誰かが死んでいる。その次の朝起きると、また誰かが死んでいる。明日は自分かもしれないという怖さと、朝目覚めて生きていることに感謝する気持ちが入り交じっていた。日本に戻りたい一心で、一日一日を耐え忍んできた。」<br />＜麻薬の使用を拒否＞<br />　膵臓癌という病気の性質上、徐々に様々な症状が出てきます。初診から２ヶ月経ったころには、背中の痛みが出てきました。それでもこの時点では、普通の鎮痛剤で治まる程度でした。ところが３ヶ月後になると、痛みはいっそう激しくなり、普通の鎮痛剤では治まらなくなりました。<br />　私はYさんに麻薬を使うことを強くすすめました。末期癌の痛みに対しては、積極的に麻薬を使用し、痛みを緩和するのが基本です。当然ながら、医師として通常のやり方をすすめました。しかし、Yさんはそれを頑に麻薬を拒否しつづけました。その理由は、私には想像もできないような、抑留経験に基づくものでした。<br />「わしは今まで生きてこられて幸せやった。しかも、癌なんていう自分の体からできた病気で死ねるなんて、こんな幸せなことはない。このくらいの痛みに耐えないと、シベリアで死んでいった仲間に申し訳ない。」<br />　まるで、痛みに耐えることが、死んだ戦友への供養だとでもいわんばかりに、修行僧のように痛みに耐えつづけました。<br />＜魂の痛みからの解放＞<br />　癌の末期は痛みとの戦いです。専門書を読むと、その痛みには（１）体の痛み、（２）心の痛み、（４）社会的痛み（３）魂の痛みがあると書かれています。<br />　四番目の魂の痛み（スピリチュアルペイン）というのは、欧米人の宗教観に基づく概念であり、日本人にはなかなか理解できないともいわれ、実は私にもよく理解できません。<br />　ですが、Yさんの場合は、なんとなくわかるような気がします。　<br />　つまり、Yさんは末期の癌になる前に、極寒のシベリアに抑留されたという極限状況の中で、様々な痛みを経験しています。<br />　戦争体験者の多くが語る「自分だけ助かって申し訳ない」という感情があったに違いありません。このことがYさんにとっての「魂の痛み」であり、しかもそれが長くご自分の心の中に閉じ込められていたのではないでしょうか。<br />　シベリアで日々死を覚悟してきたYさんにとって、癌になったのは人生で二度目の極限状況です。だからこそ、癌を告知したときも「とうとうそのときが来た」と、当然のごとく受け止める覚悟ができていたのでしょう。<br />　痛みがひどくなってからは、自らの体の痛みに耐えることで、亡くなった戦友に対する長年閉じ込められてきた魂の痛みを緩和していたのではないかと思うのです。　　<br />　最初の診察から４ヶ月後、生まれ育ち住み慣れた自宅で、息を引きとられました。魂と体、両方の痛みとの戦いから解放され、Yさんの戦争は終わり、亡くなった戦友の元へと旅立たれました。 ]]>
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<dc:subject>安心して逝ける村をめざして</dc:subject>
<dc:date>2009-09-12T21:16:51+09:00</dc:date>
<dc:creator>natasho</dc:creator>
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<title>秋冬のスケージュール</title>
<description> 　この２～３ヶ月のスケジュールです。１２月初旬に過労死しないように、体を鍛えています。　８月２９日（土）　宮崎県プライマリ・ケア研究会 講師　９月１８日（金）　熊本大学医療コンフリクト・マネジメントセミナー 講師　９月１９日（土）　臨床栄養学会（神戸）特別企画講演 講師　９月２６日（土）　健康学習学会（さいたま）セッション・ディレクター１０月　２日（金）　全国国保地域医療学会（仙台）ランチョンセミナ
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<![CDATA[ 　この２～３ヶ月のスケジュールです。１２月初旬に過労死しないように、体を鍛えています。<br /><br />　８月２９日（土）　宮崎県プライマリ・ケア研究会 講師<br />　９月１８日（金）　熊本大学医療コンフリクト・マネジメントセミナー 講師<br />　９月１９日（土）　臨床栄養学会（神戸）特別企画講演 講師<br />　９月２６日（土）　健康学習学会（さいたま）セッション・ディレクター<br />１０月　２日（金）　全国国保地域医療学会（仙台）ランチョンセミナー講師<br />１０月　３日（土）　全国国保地域医療学会（仙台）シンポジウム 助言者<br />１０月１０日（土）　第１回福井県介護支援専門員研修会 講師<br />１０月１６日（金）　ファイザーヘルスリサーチワークショップ幹事会 参加<br />１０月１７日（土）　自治医科大学臨床講師研修会（栃木）参加<br />１０月１８日（日）　第２回福井県介護支援専門員研修会  講師<br />１０月２４日（土）　福井県地域医療学術集会 参加<br />１０月３０日（金）　厚労省 へき地保健医療計画検討委員会（東京）参加<br />１０月３１日（土）　鯖江市看護協会講演会 講師<br />１１月　７日（土）　石川県介護支援専門員協会 講師<br />１１月　８日（日）　家庭医療学会ワークショップ 講師<br />１１月１３日（金）　全国国保診療施設協議会 都道府県支部長会議 出席<br />１１月１４日（土）　北海道医療大学同窓会 20周年記念講演 講師<br />１１月２１日（土）　福井県医療連携フォーラム 基調講演 講師<br />１１月２２日（日）　滋賀県国保診療施設協議会 特別講演 講師<br />１１月２７日（金）　和歌山県国保診療施設協議会 特別講演 講師<br />１１月２８日（土）　福井県国保診療施設協議会 医師研修会 参加<br />１１月２９日（日）　福井県国保診療施設協議会・国保連 職員合同研修会 参加<br />１２月　５日（土）　元気の素（大阪） 講演会 講師<br /><br />　このブログを見ている方、どこかでお会いしましたら、声をかけてください。 ]]>
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<dc:subject>お知らせ</dc:subject>
<dc:date>2009-09-12T00:06:01+09:00</dc:date>
<dc:creator>natasho</dc:creator>
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<title>おばあちゃんらしさを活かし、羞恥心・プライドを守ること</title>
<description> ＜雪の降る朝、タネさんを襲った病＞　世の中には我慢強い人とそうでない人がいます。東谷タネさん（８９歳・女性）は、笑顔がすてきでユーモアのセンスにあふれ、だれからも好かれますが、非常に我慢強い人でした。　そのタネさんが、早朝に襲われた我慢できない激しい痛みは「大動脈解離」という、命に関わるような大病によるものでした。若い人なら間違いなく手術するこの病気も、高齢で心臓が弱いタネさんにとっては非常に危険
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<![CDATA[ ＜雪の降る朝、タネさんを襲った病＞<br />　世の中には我慢強い人とそうでない人がいます。東谷タネさん（８９歳・女性）は、笑顔がすてきでユーモアのセンスにあふれ、だれからも好かれますが、非常に我慢強い人でした。<br />　そのタネさんが、早朝に襲われた我慢できない激しい痛みは「大動脈解離」という、命に関わるような大病によるものでした。若い人なら間違いなく手術するこの病気も、高齢で心臓が弱いタネさんにとっては非常に危険です。入院の上、安静にして血圧を下げ病状が安定するのを待つ治療になりました。<br />＜せめてトイレは自分で行きたい＞<br />　約１ヶ月後、タネさんは退院し、自宅に戻ってきました。病気は一段落しましたが、介護が必要な状態で戻ったことになります。<br />　以前は老人車を押してご近所を歩いていたタネさんは、全くの寝たきり状態でした。幸い我慢強くて意志の強いタネさんは、ボケることはいっさいありませんでした。ただ、ボケていないがために、羞恥心もプライドもしっかり残っていて、介護者であるお嫁さんに紙おむつの交換など下の世話をされるのを嫌いました。「せめてトイレは自分で行きたい」という意思が非常に強いのです。<br />　家に戻ってから１週間もたたないうちにタネさんは尋ねるのです。「先生、リハビリすれば、元のように歩けるかのー？」<br />　正直言って、返答に困りました。タネさんの場合、リハビリはそう簡単なことではないのです。「大動脈解離→血圧を下げ安静治療→寝たきり」というパターンで寝たきりになったため、「リハビリ→血圧上昇→大動脈破裂！」という最悪のパターンが容易に予測されるのです。<br />　大動脈解離の手術ができなかったため、爆弾を抱えながら生きているようなものですから、リハビリ中にその爆弾が爆発するかもしれない状況なのです。<br />＜「爆弾」が破裂しても、本人の「歩きたい」という思いに応えるか？＞<br />　本人の「再び歩きたい」という強い思いとは裏腹に、家族も悩んでいました。もしリハビリ中に大動脈が破裂したら後悔するだろうか？それとも寝たきりのまま生涯を閉じた方が後悔するだろうか？<br />　もちろんスタッフの意見もわかれました。２週間に一度開かれるケアカンファレンスでは、医師・看護師・保健師・ケアマネジャー・管理栄養士、デイサービス職員・ホームヘルパー・役場福祉担当者が集まり、議論したところ。。。<br />　「家族がどう言おうと、本人の意思を尊重すべきだ」<br />　「自分が担当するデイサービス中に破裂したら、どうしよう？」<br />　「僕が自分が同じ立場なら、歩こうとだろうなー。」<br />　「いや、私なら大人しく寝ているわ。」<br />　最終的には、遠方に嫁いだ看護師でもあるタネさんの娘さんの一言で決まりました。<br />　「おばあの好きなようにさせてやってください。その方がおばあらしいですから。」<br />　この一言があってから、スタッフの意見はリハビリする方向で一致しました。それでも不安がる職員に対して、私はこう話しました。<br />　「人はいずれ死にます。タネさんの場合は、大動脈が突然、破裂して死ぬ危険性が高いけれど、それがいつ起こるかはだれにもわからない。家で大人しく寝ていても起きるかもしれない。もしそれが、タネさんの大好きなデイサービス中だったら、たまたまそのタイミングで起こったというだけだから、それはそれでいいよね。」<br />　個々のスタッフは異なった視点を持ち、違った思いを持っていますが、おおむね同じ方向を目指さなければなりません。それぞれの方向がバラバラだと、利用者（患者）に対して充実したサービスとはならないのです。複数の漕ぎ手がバラバラな方向に漕いだら、舟がまっすぐに進まないのと同様です。<br />＜「家の延長」としての施設＞<br />　当施設あっとほ～むいきいき館は、診療所・保健福祉センター・デイサービスセンターなどが一体化した、在宅療養を支援する保健医療福祉の総合施設です。その基本コンセプトは「家の延長」であり、「日常的に利用する施設」です。<br />　基本に立ち返れば、自宅と同じように使っていただきたい施設ですので、喜ばしいこともあれば、具合が悪くなることも、あるいはそこで死ぬこともあるかもしれません。それが人の日常生活なんですよね。何かあったら困るからお断りするようなお役所仕事をする所ではありません。村長から「公共の施設だけど、第２の役場にはしないでほしい」との思いをしっかり受け止めていた私は、訪問看護とデイサービス中のリハビリにゴーサインを出しました。<br />　リハビリ開始から１ヶ月後、タネさん本人の努力、家族の励まし、スタッフの熱意などにより、タネさんは再び歩いてトイレに行き、付き添いがあればご近所も散歩できるまでに回復しました。<br />＜大病を乗り越え、ポックリ逝った大往生＞<br />　大動脈解離で入院した日から２年ほど経ったある朝、ちょうど私が目覚めたころ、タネさんの息子さんから電話がありました。<br />　「朝、嫁さんが起こしにいったら、おばあが冷たくなっとった。」<br />　あわてて着替え、すぐにタネさん宅に向かいました。<br />　タネさんは、何事もなかったかのような安らかな表情で、その姿は息を引き取った後なのに、「おおー、みんな集まって、どないしたんや？」とでも言いそうにみえました。<br />　大病を乗り越え、元気なままでポックリ逝った大往生でした。<br />　最期まで歩き続け、最期は下の世話をしなくてもいい状態でこの世を去ったタネさん。いつも笑顔を振りまき、ユーモアで周囲を和まし癒してくれたタネさん。<br />　私たちは、あなたをお手本に生きていこうと思います。<br /> ]]>
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<dc:subject>安心して逝ける村をめざして</dc:subject>
<dc:date>2009-08-20T22:23:40+09:00</dc:date>
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