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Author:natasho
国民健康保険 名田庄診療所
中村伸一


施設名称 :
国民健康保険名田庄診療所
開設年月 : 1955年7月
所在地 :
福井県大飯郡おおい町名田庄下6-1
管理者 : 所長 中村伸一
診療科目 :
内科、胃腸科、消化器科、アレルギー科、小児科、外科、整形外科、皮膚科
併設施設 :
「あっとほ〜むいきいき館」内に、診療所のほか、歯科診療所、訪問・通所介護事業所、国保総合保健施設、住民のための多目的室、町役場の支所などを併設。



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 5月4日、“元気の素”(http://fungenki.jp/)の上野文規さんといっしょに、中村仁一先生に会いに行きました。もちろん目的は、
 5月27日のトークライブ(http://fungenki.jp/event/?id=570&m=5&y=2012)の打合せです。
 初対面ですが、ウソのように会話が盛り上がりました。当日が、今から楽しみです!

仁一先生と

Sakura2012

今年の名田庄の桜です。解説不要ですね。
 23万部のベストセラー『大往生したけりゃ医療と関わるな』の著者である中村仁一先生とは奇跡的なご縁がありました。
 数年前からコラボ講演したり、いっしょに飲んだりしている同郷の兄貴分、上野文規さん(介護総合研究所・元気の素)は、中村仁一先生が勤務される老人ホーム同和園の介護指導を定期的に行っていたのです。その関係で、上野さんのコーディネートにより、“中村仁一&伸一with上野文規”トークライブが実現したのです!
 【日 時】 2012年5月27日(日)13:00〜17:00
 【場 所】 大阪市北区梅田2ー4ー9 ブリーゼタワー7階
       サンケイブリーゼプラザ 小ホール
 【その他】 参加費 3,000円  定員300名
 【主 催】 介護総合研究所 元気の素
 詳しくは、“元気の素”のホームページへ → http://fungenki.jp/
 最近、拙著『自宅で大往生』(中央公論新社)が、アマゾンの中公新書ラクレや医療倫理学のランキングで上位にアップしてきました。平成22年6月の刊行当時ならともかく、なぜ今になって??と思っていたら、どうやらある本とリンクしているらしいのです。その本が売れているから、関連本として『自宅で大往生』が再浮上している可能性が高いと推測しています。
 その本のタイトルがすごいんですよ。なんと『大往生したけりゃ医療とかかわるな』(幻冬舎)ですから!
   http://http://www.gentosha.co.jp/search/book.php?ID=300737
 しかも、その著者は“中村仁一”氏です。
 しつこいようですが、繰り返すと、“中村伸一(しんいち)”じゃなくて、“仁一(じんいち)”なんですよ。一文字違いどころか、濁点がつくかつかないかという違いです。
 これは勝手な夢ですが、いつか“中村仁一&中村伸一トークライブ”を敢行したいです!

 平成24年1月18日午後から20日早朝まで、気仙沼市立本吉病院に診療支援に行ってきました。2日続けての当直もしました。たまたま、それほど忙しくなかったので、体力的には大丈夫でした。
 震災、津波による被害の後、常勤医が不在となったこの病院のことは、ずっと気になっていました。大学の先輩、古屋聡(山梨市立牧丘病院院長)のコーディネートで、遅まきながら本吉支援デビューを果たしました。
 いずれ、詳しいレポートを。。。と言いつつ、いつになることやら(笑)。
 年明けの1月下旬、世田谷区で講演します。世田谷は、予備校時代に住んでいたこともあり、本当になつかしく感じます。もう30年経つんですね。
 日 時 2012年1月28日(土) 14:00〜16:30
 場 所 三茶しゃれなぁど 5階 オリオン

 詳細は世田谷区役所のHPへ!
   http://www.city.setagaya.tokyo.jp/040/d00037280.html
 年明け早々、介護総合研究所“元気の素”の上野文規さんとのコラボ講演「地域論セミナー」が広島県福山市ので開催されます。
 日 時 2012年1月14日(土) 13:30〜17:30
 場 所 まなびの館ローズコム(福山市生涯学習プラザ)

 詳細は“元気の素”のHPへ!
   http://blog.livedoor.jp/fgenki/archives/2011-11.html
   http://fungenki.jp/index2.html
 9月22日からの8日間の被災地の支援で。登米市登米診療所の診療の次に向かったのは南三陸町でした。
 南三陸町全体の被害ですが、 海岸から3km内陸まで浸水し、人口17666人中、死者509名、行方不明者664名で、避難者はピーク時10000人でした。
 南三陸町の公立志津川病院の被害のひどさはは、前に書いた通りです。被災後の危機的な状況で住民の診療を担ったのは、同院内科部長の西澤匡史医師(38歳・自治医科大学卒)でした。
 まずは避難所を立ち上げることから始め、重傷者のヘリコプター搬送を要請しつつ、水道も電気もない中、かき集めたわずかな薬と簡単な治療器具だけで1日に300から400人もの診療をしていたそうです。
 震災5日目になって、ようやく国境なき医師団が支援に来ました。その後は徳洲会、奈良県医師会、自治医大同窓会、イスラエルなど次々と医療支援チームが入りました。 ただし、各チームが入ってくるだけでは医療体制は整いません。地元をよく理解する人間が、それを仕切らなければなりません。
 西澤医師は続々と南三陸町入りする医療支援チームを受け入れるため、町内各地の避難所の情報を収集してニーズを把握し、どの避難所にどの支援チームが適切かを判断し、全体をコーディネート(調整)したのです。結果的に25チームで約50カ所の避難所の医療支援に当たりました。
 西澤医師の働きぶりをみて、町は「南三陸町医療統括本部責任者」の、県は「宮城県災害医療コーディネーター」の肩書きを与えました。彼の超人的な活躍のおかげで、この体制は震災後約2週間で確立されました。
 私がお手伝いしたのは、町内最大の避難所であるベイサイドアリーナという体育館の近くに立てたプレハブの公立志津川病院仮設診療所でした。
 彼の話を聴いて意外だったのは、従来は無駄と思われていたものが、被災時、おおいに役に立ったことでした。この話は次回に。。。
 12月1日、長年おつきあいのある方が101回目のお誕生日を迎えました。とってもステキな笑顔でした。“101匹のわんちゃん”のメッセージカードに書かれた文字を楽しそうに虫眼鏡で見ておられました。長寿と幸せのお裾分けをいただきました。
101回目の誕生日
 幸福度の日本一は福井県!
  http://www.fukuishimbun.co.jp/localnews/society/31453.html
 
 やはり、福井県の地域絆力が評価されたか?

 地域絆力に関しては『寄りそ医』をご覧ください。
 

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